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神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)382号 判決 1988年6月24日

原告

西村和夫

被告

富士交通株式会社

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

一  当事者双方の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は、原告に対し、金三四一万三三〇四円及びこれに対する昭和五七年七月五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言。

2  被告

主文第一、第二項同旨。

二  当事者双方の主張

1  原告の請求原因

(一)(1)  別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)が発生した。

(2)  原告は、本件事故により、右下腿打撲及び頸部挫傷の傷害を受けた。

(二)  被告は、宮前の使用者であり、本件事故は宮前の勤務中に発生した。

なお、宮前には、右事故発生に対し、次の過失が存在した。

即ち、自動車運転手たるものは、自車を運転するに際し、始終周囲の状況の安全を確認して運転しなければならない業務上の注意義務があるのに、宮前は、右事故直前、右注意義務を怠り、漫然加害車の左側後部ドアーを開けた過失。

(三)  原告は、本件事故により、次の損害を受けた。

(1) 治療費 金二万九三一一円

(ただし、国民健康保険の自己負担分。)

(2) 休業損害 金一八〇万一五二一円

原告は、本件事故当時、左官手元として就労し、一日当りの平均賃金金八七〇三円を得ていたところ、本件受傷治療のため、右事故日である昭和五六年七月五日から右受傷の症状固定日である昭和五九年五月九日までの二〇七日間休業せざるを得なかつた。

よつて、原告の本件休業損害は、金一八〇万一五二一円となる。

(3) 後遺障害による逸失利益 金一九四万〇七七二円

(イ) 原告には、本件受傷の後遺障害が残存するところ、右後遺障害は、その障害等級一二級一二号に該当する。

(ロ) 原告は、右後遺障害のため現在就労困難な状態にあり、その労働能力喪失率は一四パーセント相当である。しかして、右労働能力の喪失は、五年間継続する。

(ハ) 右各事実を基礎とし、原告の本件後遺障害による逸失利益を算定すると、金一九四万〇七七二円となる。(ただし、四・三六四は、新ホフマン係数。)

8703円×365×0.14×4.364=194万0772円

(4) 慰謝料 金二二二万円

原告の通院及び後遺障害による各慰謝料の合計額は、金二二二万円である。

(5) 原告の本件損害合計額は、金五九九万一六〇四円となる。

(四)  原告は、本件事故後、次の各金員を受領した。

宮前からの分 金三万五〇〇〇円

自賠責保険よりの払渡 金四五万三三〇〇円

自賠責保険からの後遺障害補償 金二〇九万円

合計 金二五七万八三〇〇円

そこで、原告は、右受領金合計金二五七万八三〇〇円を本件損害の填補として、原告の本件損害合計額金五九九万一六〇四円から控除すると、その残額は、金三四一万三三〇四円となる。

(五)  よつて、原告は、本訴により、被告に対し、本件損害金三四一万三三〇四円及びこれに対する本件事故日の後である昭和五七年七月五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する被告の答弁及び抗弁

(一)  答弁

請求原因(一)(1)の本件事故の態様中原告車と被告車の接触時を否認し、同(一)のその余の事実は、全て認める。原告車は、既に開かれていた被告車の左側後部ドアーに接触した。同(2)の事実は、全て不知。同(二)中被告が本件事故当時宮前の使用者であつたこと、右事故が宮前の勤務中発生したことは、認める。同(三)中原告の症状固定日が昭和五九年五月九日であることは、否認し、同(三)のその余の事実及び主張は、全て争う。同(四)の事実は、認める。同(五)の主張は、争う。

(二)  抗弁

(1) 消滅時効

仮に原告が本件事故により受傷し、同人の被告に対する右受傷及び右受傷の後遺障害に基づく損害賠償請求権が発生したものとしても、右損害賠償請求権は、次のとおり消滅時効によつて消滅した。

即ち、

(一) 本件事故の被害者である原告は、右事故当時、右事故の加害者が被告であることを知つていたし、右受傷による損害も、本件後遺障害に基づく損害を含め、これを知つていたから、原告の右全損害に対する損害賠償請求権は、右事故日である昭和五六年七月五日から起算して三年を経た昭和五九年七月五日の経過をもつて、右損害賠償請求権の消滅時効が完成した。

なお、本件後遺障害に基づく損害をも、右のとおり本件受傷による損害と一体として把握しても支障がない。

蓋し、原告主張の本件受傷中頸椎挫傷は、時としてその治療が長期間し、障害等級一二級ないし一四級程度の神経症状の後遺障害を残すものであることは、右事故当時、右事故に伴い、原告に当然予測されるからである。

(二) 仮に、本件後遺障害に基づく損害賠償請求権に限つて、右後遺障害が顕在化した時を、原告において損害の発生を知つた時と解し、右時点から右損害賠償請求権の消滅時効期間を起算するとしても、本件においては、原告の本件受傷は昭和五七年二月二九日に後遺障害を残して症状が固定したのであるから、少なくとも、右時点において本件後遺障害が顕在化したというべく、原告の右後遺障害に基づく損害賠償請求権も、昭和五七年二月二九日から起算して三年を経た昭和六〇年二月二八日の経過とともに、右損害賠償請求権の消滅時効も完成した。

(三)  よつて、被告は、本訴において、右消滅時効を援用する。

なお、自賠責保険金請求手続における後遺障害等級の認定によつて確定するのは、自賠責保険の支払金額であり、損害賠償金額でない。

(2) 損害の填補

原告は、本件事故後、自賠責保険からその払渡金として、その主張する金四五万三三〇〇円に金七一万一七〇〇円を付加した合計金一一六万五〇〇〇円を受領している。

したがつて、右超過分金七一万一七〇〇円も、本件損害の填補とすべきである。

(3) 過失相殺

原告は、本件事故直前、被告車の左側後部ドアーが開いているのに、前方の安全確認を怠りそのまま自車を進行させ、本件事故を惹起した。

原告の右前方不注視の過失も、右事故発生に関与しているから、原告の右過失は、同人の本件損害額を算定するに当り、斟酌されるべきである。

3  抗弁に対する原告の答弁

(一)  抗弁(一)につき

右抗弁の抗弁事実は、全て否認し、その主張は、争う。

原告の本件後遺障害は、昭和五九年五月九日に、その障害等級一二級一二号と認定され確定した。原告の被告に対する本件損害賠償請求権の消滅時効は、右後遺障害等級が確定した時点、即ち昭和五九年五月九日からその進行を開始する、というべきである。蓋し、交通事故による損害賠償請求は、右後遺障害の障害等級の認定を得、それが確定して後行われるのが通例である故、被告主張の如く、右消滅時効の進行が症状固定日から開始するというのであれば、その主張は、交通事故による損害賠償請求の右実情に合致しないし、損害額の確定も不正確にしてしまうからである。

したがつて、原告の被告に対する本件損害賠償請求権の消滅時効は、未だ完成していない。

(二)  抗弁(二)について

原告が被告主張の金員を受領したことは、認める。右金員は、原告の本件治療費の一部であつて、自賠責保険から直接原告の本件受傷の治療を担当した訴外春日外科病院へ支払われたものである。

原告は、右治療費金七一万一七〇〇円を本訴請求の対象外としている。

(三)  抗弁(三)について

右抗弁の抗弁事実中原告車が被告車の開かれた左側後部ドアーに接触して発生したことは、認めるが、その余の抗弁事実は、全て否認し、その主張は、争う。

本件事故は、宮前の後方不確認の一方的過失によつて発生したものであり、原告には、右事故発生に対し、何等の過失もない。

三  証拠関係

本件記録中の、書証、証人等各目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  請求原因(一)(1)中原告車と被告車の接触時を除く同(一)のその余の事実は、当事者間に争いがない。

2  成立に争いのない甲第一号証の八、第四号証の六、二〇、二九、原告本人尋問(第一回)の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、宮前が本件事故発生場所において被告車を停め乗客を降ろすため右車両左側後部ドアーを開けた時、折から右車両左側を通りかかつた原告車及び乗車していた原告に右ドアーを接触させ、本件事故が発生したことが認められ、右認定に反する、証人宮前利昭の証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証の記載内容、右証人の供述は、前掲各証拠と対比して、にわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

3  前掲甲第四号証の六、二九、原告本人の供述を総合すると、原告は、本件事故により、右下腿打撲並びに擦過傷、頸椎挫傷の傷害を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  請求原因(二)中被告が本件事故当時宮前の使用者であつたこと、右事故が宮前の勤務中に発生したことは、当事者間に争いがなく、同(二)中宮前の本件事故発生に対する過失の主張部分については、被告において明らかに争わず、弁論の全趣旨によつても争つたものとは認められないから、被告は、右主張事実を自白したものとみなす。

5  叙上の認定に基づくと、原告は、被告に対し、本件事故によつて受けた損害の賠償を請求する権利を有する、というべきである。

二  被告が抗弁の一つとして原告の被告に対する本件損害賠償請求権の消滅時効を主張しているので、原告主張の本件損害額に対する判断をさて置き、先ず、被告の右抗弁について検討する。

1  原告の本件受傷内容は、前叙認定のとおりである。

2  前掲甲第四号証の六、二九、成立に争いのない甲第一号証の四、乙第一号証、証人宮前利昭の証言、原告本人(第一回)尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告が本件事故直前被告車がタクシーであることを現認していたこと、同人が右事故直後被告車の運転手宮前と右事故の原因等について押問答をし、その結着をつけるため両名ともども最寄りの派出所に赴いたが警察官不在等で要領を得ず、その後、生田警察署で右事故につき事情聴取を受けたこと、原告は、右事故当日訴外春日外科病院で診察を受けたが、前叙受傷内容と診断されて同日から右病院で治療を受けるようになつたこと、原告の右受傷が昭和五七年二月二七日症状固定し、後遺障害の残存が明らかになつたことが、認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3(一)  右認定事実に基づけば、原告は、本件事故当日、本件事故の加害者が被告であること及び右事故に基づく損害の発生を知つた、というのが相当である。

(二)(1)  ところで、不法行為の被害者が当該不法行為に基づく損害の発生を知つた以上、その損害と牽連一体をなす損害であつて、当時においてその発生を予見することが可能であつたものについては、全て被害者においてその認識があつたものとして、民法七二四条所定の時効(消滅時効)は、右損害の発生を知つた時から進行を始めるものと解すべきであり、ただ、右不法行為によつて被害者が受傷し、右受傷後相当期間経過後現われた後遺障害の損害賠償請求権の消滅時効は、右後遺障害が顕在化した時が右法条にいう損害を知つた時に当り、後遺障害に基づく損害であつて、その当時において発生を予見することが社会通念上可能であつたものについては、全て被害者においてその認識があつたものとして、当該損害の賠償請求権の消滅時効は、その時から進行を始める、と解すべきである。(最高裁昭和四二年七月一八日第三小法廷判決民集第二一巻第六号一五五九頁。同昭和四九年九月二六日第一小法廷判決交通事故民事裁判例集第七巻第五号一二三三頁参照。)

(2)  これを本件について見るに、前叙認定事実に基づけば、本件損害中本件後遺障害に基づく損害以外の損害は、原告が知つた前叙損害と牽連一体をなす損害と解されるから、右損害の賠償請求権については、原告が右損害及び本件加害者である被告を知つた日(本件事故当日)の翌日である昭和五六年七月六日から民法七四二条所定の消滅時効が進行を開始し、ただ、原告の本件後遺障害に基づく損害の賠償請求権については、本件後遺障害は本件症状が固定した昭和五七年二月二七日に顕在化したと認められるから、右同日の翌日である昭和五七年二月二八日から右消滅時効が進行を開始する、というべきである。

したがつて、原告の本件損害賠償請求権中右前者の請求権については、右起算日から右法条所定の三年を経た、昭和五九年七月五日の経過とともに、右後者の請求権については、右起算日から右前者の場合と同じく三年を経た、昭和六〇年二月二七日の経過とともに、それぞれ右消滅時効が完成した、というべきである。(なお、民法七二四条所定の三年の時効期間の計算において、初日を算入しないことについては、最高裁昭和五七年一〇月一九日第三小法廷判決民集第三六巻第一〇号二一六三頁参照。)

しかして、原告が本訴を提起したのが昭和六二年三月一九日であることは、本件記録から明らかであるから、原告の本件損害賠償請求権については、全て、即ち右前後者いずれの損害賠償請求権についても、消滅時効が完成している、といわざるを得ない。

なお、本件において、右認定説示を妨げるべき事由の主張・立証はない。

よつて、被告の本件消滅時効の抗弁は、全て理由がある。

三1  叙上の認定説示から、原告の本訴請求は、当事者双方のその余の主張、就中原告主張の本件損害額の主張、につき、その当否を判断するまでもなく、右認定説示の本件消滅時効の点で、既に理由がない。

2  よつて、原告の本訴請求は、全て理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和五六年七月五日午後三時頃。

二 場所 神戸市中央区元町通一丁目四番一八号交差点(神戸大丸西玄関前)南側停止線附近。

三 加害(被告)車両 訴外宮前利昭乗車の普通乗用自動車(タクシー)

四 被害(原告)車両 原告運転の自転車。

五 態様 訴外宮前利昭(以下、単に宮前という。)は、右事故発生場所で加害車を停車させ、乗客を降ろすため、右車両左側後部ドアーを開けた際、折から、右車両左側を通過していた被害車に、右ドアーを接触させた。

以上

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